第1部:総論

本講座では、HPLCの初心者を対象にHPLCについて分かりやすく説明します。

1. クロマトグラフィーの歴史

クロマトグラフィーの歴史は20世紀の初頭に遡ります。1903年にロシアの科学者 M.Tswettはチョークの粉(炭酸カルシウム)を詰めたガラス管に植物の葉から抽出した⾊素(葉緑素)を置き(図1(a))、⽯油エーテルを上から流すことで複数の色素に分けました(図1(b))。これが「クロマトグラフィー」の始まりです。

(図1)クロマトグラフィーのはじまり
(図1)クロマトグラフィーのはじまり

Tswettは1906年に発表したドイツの論文でこの分離手法を「クロマトグラフィー (Chromatography)」と名付けました。Chromatographyはギリシャ語のChroma(色)とGraphos(記録)が語源とされています。ちなみに「Chromatography」は分析技術を意味しますが、「Chromatograph」は分析装置、「Chromatogram」は分析結果の記録をそれぞれ意味します。

(図2)クロマトの用語
(図2)クロマトの用語

クロマトグラフィーは固定相(上記のチョークの粉に相当)と移動相(上記では石油エーテルに相当)の種類によっていくつかに分類されます。移動相にガスを使用するものをガスクロマトグラフィー (Gas Chromatography; GC)、液体を用いるものを液体クロマトグラフィー (Liquid Chromatography; LC)と呼びます。液体クロマトグラフィーの中でも固定相の違いでいくつかに分かれます。

(図3)クロマトグラフィーの分類
(図3)クロマトグラフィーの分類

2. HPLCとは

HPLCは、High Performance Liquid Chromatographyの略です。昔のカラムクロマトグラフィーは、分析にかなりの時間が掛かっていましたが、1970年代に高圧ポンプの開発によって分析時間が驚異的に短縮され、High Pressure Liquid Chromatographyと呼ばれるようになりました。その後、さらに充てん剤やポンプの改良が進み、高速、高性能な分析法に発展しました。それに伴い、名称もHigh Performance Liquid Chromatography (HPLC)という名称が一般的になりました。日本語に直訳すれば「⾼性能液体クロマトグラフィー」となりますが、⼀般的には「⾼速液体クロマトグラフィー」と呼ばれています。近年では更なる高性能化が進み超高速分析を可能にしたUltra High Performance Liquid Chromatography (UHPLC)も使用されるようになっています。

3. HPLCの特徴

HPLCの主な特徴を4つ紹介します。

  1. (1)幅広い分析対象
    HPLCで分析するための最低条件は分析種(分析対象成分)が液体に溶解することです。ガスクロマトグラフィーでは分析が難しい不揮発性物質や熱に不安定な化合物なども分析対象となります。
  2. (2)定量分析が可能
    他の液体クロマトグラフィーと比べて定量性に優れています。
  3. (3)分取が可能
    分析種は溶離液と共にカラムから溶出するため、分析後の溶離液を分画し、濃縮(乾固)することで目的の分析種を容易に分取することが可能です。
  4. (4)多種多様な相互作用(分離モード)が利用可能
    HPLCには様々な分離モードがあり、各分離モードに対応したカラムが販売されていますので、試料の性質に合わせて適した分離モードを選択することが可能です。

HPLCは企業や大学・研究機関などでの研究・開発から製品の品質管理、環境分析など様々な場面で使用されています。

4. HPLCの装置構成

HPLCの基本的な装置構成を図4に⽰します。次に各部品について説明します。

(図4)装置構成
(図4)装置構成

4-1. 移動相送液部

送液ポンプ

LCでは移動相を溶離液と呼びますが、送液ポンプは溶離液を一定の流速(流量)で送液する装置です。HPLCの開発当時は高圧で使用可能であることが重要でした。送液はピストン運動のような往復運動を利⽤しますが、昔のポンプはシングルポンプだったために往復運動の周期に応じて圧⼒変動(脈流、脈動)が生じ、波打つようなクロマトグラムが得られることがありました。そのため、ダンパーと呼ばれる装置を送液ポンプの下流に設置して脈流を抑えるということもしばしばありました。近年の送液ポンプは、脈流を軽減するためにデュアルプランジャー (ダブルプランジャー)タイプが主流となっています。現在は、高圧で使用できることは当たり前となり、脈流の少ない高い送液安定性が求められています。

脱気装置

溶離液に使用する⽔や有機溶媒には気体が溶解して飽和しています。温度や圧力の変化で気体の飽和溶解量が下がると溶解していた気体(溶存ガス)は気泡として発生します。流路内で気泡が発生するとポンプの送液不良やカラムの性能低下、検出時のノイズ発⽣原因となります。たとえ気泡が発生しなくても気体の溶解量が変化するとベースラインの変動の原因にもなります。このようなトラブルを回避するには、溶離液の溶存ガスを除去(脱気)することが重要です。
溶離液の脱気には、事前に溶離液を脱気する(オフライン脱気)方法と溶離液を送液しながら脱気する(オンライン脱気)方法があります。前者には減圧や超音波などがありますが、⼿間が掛かるだけでなく、装置にセットしてからも時間と共に徐々に再び溶離液に気体が溶け込んでいきます。特にアスピレーターによる減圧では減圧時間によって溶離液組成が変化し、分析の再現性に影響を与えることがあるので注意が必要です。後者にはヘリウムガスパージや脱気装置の使用があります。ヘリウムガスパージは、溶離液にヘリウムガスを送り込み溶存ガスをヘリウムに置換します。ヘリウムの溶解度は空気中の気体と比べて低く、空気の再溶解が起こりにくいのが特徴ですが、ランニングコストが高くなります。一方、脱気装置は送液ポンプの上流に設置し、溶離液が脱気装置を通過する時に脱気します。脱気装置の内部には特殊な合成樹脂膜チューブ(脱気膜チューブ)が通っており、脱気膜チューブの外側を減圧状態にすることで溶離液が脱気膜チューブの中を流れている間に溶存ガスのみが脱気膜を通過してチューブの外に排出される仕組みです。脱気装置によって流量の上限があり、それを超えた流量で流すと脱気が不十分になるので注意が必要です。

4-2. 試料導入部

試料溶液は、ポンプの下流に設置したインジェクターからHPLCの流路内に導入されます。インジェクターには、マニュアルインジェクターとオートインジェクター(オートサンプラー)があります。

マニュアルインジェクター

マニュアルインジェクターでは、バルブポジションをINJECTにした状態で試料溶液の入ったマイクロシリンジを差し込み、バルブポジションをLOADに切り替えてからマイクロシリンジ内の試料溶液をサンプルループに注入します。その後、バルブポジションをINJECTに切り替えることでサンプルループ内の試料溶液が流路内に導入されます。(図5)

(図5)マニュアルインジェクターの構造
(図5)マニュアルインジェクターの構造

オートサンプラー

オートサンプラーは、試料溶液の吸引から装置内への注入までを自動で行います。オートサンプラーには、高い注入精度やキャリーオーバーの抑制が求められますが、近年では冷却機能や希釈、内部標準試料添加等の前処理機能など高機能化が進んでいます。

4-3. 分離部

カラム

カラムは円筒状のクロマトグラフィー管に充てん剤と呼ばれる物質が充てんされたものです。試料成分はカラムの中を通過する時に分離されますので、カラムは言わば分析装置の心臓部です。クロマトグラフィー初期の頃は、クロマトグラフィー管は主にガラス管を使用していましたが、HPLCは装置に高い圧力が掛かるため、耐圧性のあるステンレス鋼 (SUS)やポリエーテルエーテルケトン (PEEK)などの材質がクロマトグラフィー管に用いられています。また、充てん剤は色々な分離モードに合わせて様々な充てん剤が用意されています。HPLCで使用するカラムについては第2部の「8. HPLC用カラム」で説明します。

カラムオーブン(カラム恒温槽)

カラムオーブンはカラムの温度を一定に保つ装置です。カラム温度が微妙に変化することで分析の再現性や定量精度に影響したり、カラム温度によって分離性能が大きく異なることもあります。このため、カラムを最適な温度に保つことは重要です。

4-4. 検出部

カラムから溶出した分析種を検出し、電気信号に変換するのが検出器です。検出にはいろいろな原理が利用され、分析種を幅広く検出する汎用性の高い検出器もあれば、分析種の性質を積極的に利用し、特定の分析種のみを検出する選択性の高い検出器などいろいろなものがあります。HPLCで使用する検出器については、「第5部:検出器」で説明します。

4-5. データ処理部

データ処理装置(インテグレーター)は、検出器から出力された電気信号を受け取り、信号処理をすることでクロマトグラムを出力します。以前はペンレコーダーのような記録計が⽤いられてきましたが、現在はデータ処理装置が主流です。データ処理装置ではクロマトグラムを表示させる他、保持時間、ピーク高さや面積などの波形処理や検量線作成などの機能が付与されています。