第2部:HPLCによる分離

5. 分離の原理

4-3. 分離部」で「試料成分はカラムの中を通過する時に分離される」と記載しましたが、どのようにして試料成分はカラムの中で分離されるのでしょうか。
ここでは試料成分を「人」に、カラムを「商店街」に例えて分離の原理を考えてみましょう。
買い物が大好きなAさん、事前に買うものを決めている計画的なBさん、倹約家のCさんが同時に商店街に入っていきました。Aさんは色々なお店に立ち寄ってはウィンドウショッピングをしながら商店街から出てきました。Bさんは事前に決めていた品物だけ購入して商店街から出てきました。Cさんはお店には一切立ち寄らず商店街を通り抜けました。3人は同時に商店街に入ったけれどもCさん、Bさん、Aさんの順に商店街を抜けて出てきたのです。これは3人の買い物好きの程度が違ったからです。(図6)

(図6)商店街でお買い物
(図6)商店街でお買い物

話をHPLCに戻しましょう。
HPLC用の充てん剤には種々の「仕掛け」が施されており、試料中の各成分は「仕掛け」と係わり合いながらカラムの中を通過します。この試料成分と充てん剤との係わり合いが相互作用です。成分によって相互作用の程度が異なるとカラムの中を通過する時間(カラム内に滞在する時間)が異なり、その結果として成分同士が分離されます。
さて、上記の3人が商店街から出てくる順番はいつも同じでしょうか。買い物途中で急に雨が降り出し、傘を持っていないBさんが慌てて走り出して傘を差して歩いているCさんよりも先に商店街から出てくるかもしれません。状況が変わると出てくる順番が変わることもあります。 「状況が変わる」は、HPLCでは「分析条件が変わる」に置き換えられます。ここで言う分析条件とは、溶離液の組成や流量、カラム温度などです。
充てん剤(カラム)が同じでも分析条件が変わると試料成分の溶出挙動が変わり、結果として分離の可否が変わることがあります。特に溶離液の組成は、試料成分と充てん剤の相互作用に深く関係します。
分析条件の変更では分離が改善しない場合は、異なる「仕掛け」を持ったカラムの検討も必要になります。この辺りがHPLCの難しいところです。
Shodexでは長年の豊富な知見や経験を活かして多数のアプリケーションデータを採取し、ShodexのWEBサイトで公開しています。ジャンルからの検索、測定試料名や製品名からの検索、フリーワードでの検索も可能です。カラムの選択、分析条件の検討に是非ご利用ください。

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6. クロマトグラム

試料成分が溶離液と共にカラムに導入されると図7(a)のようにバンド状に拡散します。そして各試料成分は充てん剤と相互作用を繰り返しながらカラムの中を通過し、相互作用が弱い成分ほど移動速度が速く、カラムから先に溶出します。
検出器では常に電気信号を出力しており、データ処理装置では、受け取った電気信号を信号強度の時間変化として記録します。これがクロマトグラムです。図7(b)のように試料成分が検出器で検出されると信号強度が強まり、クロマトグラム上に山型の波形(ピーク)が現れます。

(図7)カラム内での分析種の動き
(図7)カラム内での分析種の動き

理想的なピーク形状は左右対称のガウス曲線ですが、ピークの前半部分が後半部分よりも緩やかに立ち上がった状態のフロンティング(リーディング)や反対にピークの後半部分が引きずった状態のテーリングを示すことがあります。また、カラム内での分析種の拡散が大きい(=バンド幅が広い)とピーク全体の幅が広くなります。(図8)

(図8)ピーク形状
(図8)ピーク形状

これらのピーク形状は近接して溶出する分析種同士や夾雑物との分離を悪くしたり、ピーク高さが低くなることで感度が下がる可能性があります。カラム効率(性能)が良いカラムとは、カラム内での分析種の拡散が小さく、左右対称のシャープなピーク形状が得られるカラムです。実際には、カラム以外に装置や分析条件、試料負荷量などもピーク形状に大きく関係するため、カラム性能を十分に引き出すための環境を整えることも重要です。

7. HPLCの基本用語

ここでは、HPLCに関係する基本用語として「クロマトグラムの各名称」、「カラム性能に関するパラメーター」、「ピーク分離に関するパラメーター」に分けて説明します。

7-1. クロマトグラムの各名称

クロマトグラムからはピークの位置や大きさだけではなく色々な情報が読み取れます。図9にクロマトグラムの各名称を示します。

(図9)クロマトグラムの各名称
(図9)クロマトグラムの各名称

ホールドアップボリューム (VM)、ホールドアップタイム (tM)

カラムに保持されない成分のピーク頂点(ピークトップ)が現れるまでの容量(時間)のことで「ボイドボリューム、ボイドボリューム」、「デッドボリューム、デッドタイム」とも呼ばれていますが、近年では「ホールドアップボリューム、ホールドアップタイム」の呼び名が推奨されています。

ピーク幅 (W)、半値幅 (Wh)

ピーク幅は、ピークの両側の変曲点における接線とピークの両端を結ぶ直線(ベースライン)との交点で結んだ幅のことです。一方、半値幅は、ピーク高さの中点におけるピークの幅を指します。

7-2. カラム性能に関するパラメーター

ここでは、理論段数と対称性を示す非対称係数およびシンメトリー係数を紹介します。

理論段数 (N)

理論段数は、ピークのシャープさを示す指標で値が大きいほどカラム効率が良いことを示します。理論段数の算出には複数の方法がありますが、ここでは代表的な「半値幅法」と「接線法」の2つの算出法を図10に示します。「半値幅法」は日本薬局方 (JP)や米国薬局方 (USP)で採用されおり、Shodexでも「半値幅法」を採用しています。なお、サンプルや分析条件が異なると理論段数も変わりますので注意が必要です。

(図10)理論段数の求め方
(図10)理論段数の求め方

理論段相当高さ (HETP)

理論段相当高さは、理論段1段に相当するカラム長さをmm単位で表したもので、値が小さいほどカラム効率が良いことを示します。理論段数はカラム長さに比例しますが、理論段相当高さはカラム長さに依存しないため、充てん剤としての効率の指標には理論段相当高さを用います。

HETP

非対称係数 (Fas)とシンメトリー係数 (S)

非対称係数とシンメトリー係数は、どちらもピークの対称性を示す指標で、それぞれ図11のように定義されています。Shodexでは非対称係数を採用しています。どちらの指標においてもFas (S) = 1はピークはシンメトリーを示し、Fas (S) >1.0ではピークはテーリング、Fas (S)<1.0ではピークはリーディングであることを示します。

(図11)非対称係数とシンメトリー係数の求め方
(図11)非対称係数とシンメトリー係数の求め方

カラム製品の検査成績書には、理論段数や非対称係数などの測定値やカラム圧力が掲載されています。手元にあるカラムの状態を調べたい場合は、検査成績書との比較が簡便です。ただし、理論段数や非対称係数はサンプル条件や分析条件によって大きく値が変わりますので、出荷時の性能と比較したい場合は、検査成績書に記載されている試料条件および分析条件を揃えるようにしてください。

7-3. ピーク分離に関するパラメーター

ピーク分離に関するパラメーターには、保持係数、分離係数、分離度があります。

保持係数 (k)

保持係数は、分析種の保持の強さを示す指標です。分析種の保持時間をホールドアップタイムで引いた値をホールドアップタイムで除した値で、各分析種の固定相中の滞在時間と移動相中の滞在時間との比になります。

保持係数

分離係数 (α)

分離係数は、近接するピーク同士の選択性の違いを示す指標です。後に溶出したピークの保持係数 (k2)を先に溶出したピークの保持係数 (k1)で除して求めます。通常、分離係数は常に1より大きい値となります。

分離係数

分離度 (Rs)

分離度は、隣接する2つのピークがどの程度分離しているかを示す指標です。それぞれのピークの溶出時間と半値幅から(1)の計算式で求められ、分離度が1.5以上でピークが完全に分離する(ベースライン分離)することを意味します。2つのピーク幅が等しい時、分離度は(2)の式で示すことが可能です。

分離度

このように分離度は、理論段数(カラム効率)、分離係数(選択性)、保持係数(保持能)が関与していることが分かります。これらパラメーターのどれかが極端に悪いと図12のようにベースライン分離が難しくなります。ピーク同士を分離させるには、各パラメーターをバランスよく向上させる必要があり、そのためにはカラムの選択や分析条件(特に溶離液)の最適化が重要となるわけです。

(図12)ピーク分離と各種パラメーターの関係
(図12)ピーク分離と各種パラメーターの関係

8. HPLC用カラム

カラムは、クロマトグラフィー管と充てん剤で構成されています。ここでは、それぞれについて説明します。

8-1. クロマトグラフィー管の材質

先述の通りHPLCは装置に高い圧力が掛かります。更にHPLCで使用する溶離液には酸性溶媒やアルカリ性溶媒の他、様々な有機溶媒が用いられますので、クロマトグラフィー管の材質には、耐圧性に加え、耐⾷性、耐溶剤性が要求されるため、ステンレス鋼 (SUS)が多用されています。一方、 耐圧性や耐溶媒性はステンレス鋼より劣りますが、金属接触を避けたい試料向けの分析には、ポリエーテルエーテルケトン (PEEK)などの材質が用いられます。

8-2. 基材の材質

充てん剤は、基本的には骨格となる「基材」と基材に結合する「官能基」で構成されていますが、中には官能基は結合させずに基材だけで充てん剤として使用するものもあります。
充てん剤の基材には大きく分けてシリカ基材とポリマー基材があります。

シリカ基材

シリカ基材はHPLCの初期から充てん剤として広く使用されています。シリカ系の充てん剤としてはシリカゲル単体の他、シリカゲルの骨格に様々な官能基を導入したものがあります。ODSカラムという名前に馴染みがある方も多いと思いますが、これはシリカゲルに炭素数が18のオクタデシル (Octadecyl: C18)基を導入したカラムの総称です。シリカ基材は一般的に分離能に優れ、機械的強度が強い一方で、酸性条件下で安定性が低く、アルカリ性条件下では溶解しやすいなどpH制限があります。

ポリマー基材

ポリマー基材には様々な種類があり、代表的なものとしては、スチレンジビニルベンゼン共重合体、ポリメタクリレート、ポリビニルアルコールなどが挙げられます。シリカゲルと同様、ポリマー単体で充てん剤とする場合もあれば、官能基を導入したものもあります。ポリマー基材は幅広いpH範囲で使用でき、化学的な結合安定性が高いのが特徴です。Shodexでは高分子合成技術のノウハウを活かし、ポリマー基材のHPLC用カラムを数多く開発しています。

HPLC用の充てん剤は、上記のシリカ基材とポリマー基材が大半を占めていますが、他にも天然物であるセルロース、アガロース、デキストリン、キトサン、セラミックスの1種であるハイドロキシアパタイトやジルコニアなども基材として用いられています。

8-3. 基材の形状

以前はHPLCに用いられる充てん剤は微粒子のみでしたが、近年はモノリスも使用されるようになりました。ここでは、微粒子とモノリスの違いを説明します。

微粒子

HPLC用の充てん剤は、粒径が数 μm ~ 数十 μmの球状の微粒子で、一般的には図13の(a)のように粒子の表面には多数の細孔(ポア)が存在しています。細孔の大きさ(ポアサイズ)は充てん剤によって異なりますが、数 nm ~ 数十 nm程度です。溶離液や分析種は粒子の表面との接触だけではなく細孔にも入り込むため、細孔がある方が充てん剤との接触面積を増やせます。一方で、細孔は充てん剤の強度や分析種の拡散にも関係するため、用途によっては細孔がない粒子を用いることもあります。細孔があることを多孔性(ポーラス)、細孔がないことを非多孔性(ノンポーラス)と言います。

モノリス

モノリスは、ロッド(棒)状に成型した連続の骨格構造を取ります。図13の(b)のようにモノリスは一体型の担体で溶離液は固体内部を通過し、その空隙表面で相互作用が起こります。モノリスカラムは粒子カラムに比べて空隙率が高いため圧力が低く、高流量で送液できるなどの特徴があります。本講座では微粒子の充てん剤を基本として説明します。

(図13)微粒子とモノリス
(図13)微粒子とモノリス

8-4. 官能基

これまでに相互作用という言葉が何度も登場してきましたが、HPLCでは相互作用を用いた分離方法を「分離モード」と言います。官能基は分離モードを決める要のような存在で、分離モードによって用いる官能基は異なります。また、1つの分離モードに1つの官能基とは限らず、色々な官能基が存在する場合もあります。官能基を変えることで分離モードの働き方が変わることも珍しくありません。基材との組み合わせも考えるとHPLCの充てん剤は実に多種多様です。

8-5. ガードカラム・ガードフィルター

分析を行うカラムを分析カラムや本カラムと呼びますが、製品によってはガードカラムやガードフィルターが設定されているものがあります。
試料中には分析種だけが存在するとは限りません。夾雑物が存在すると分析に影響を与えることがあります。更に不溶な夾雑物はカラムの目詰まりの原因に、溶解している夾雑物はカラムの中に入り込みカラム劣化の原因になる可能性もあります。このため夾雑物を含む試料の場合は液液抽出や固相抽出など試料に合わせて色々な前処理を行ったり、フィルターろ過で不溶成分を取り除いてから分析するのが一般的ですが、前処理を行っても夾雑物を完全に取り除けるとは限りません。
ガードカラムは特にカラムに吸着する夾雑物に対して有効です。ガードカラムは、本カラムと同質の充てん剤が充てんされた(本カラムよりも)小さなカラムで、本カラムの上流(インジェクターと本カラムの間)に接続します。 試料は最初にガードカラムを通過するため、吸着性のある夾雑物はガードカラムに吸着するため本カラムへの導入が防げます。ガードカラム全体が汚染される前にガードカラムを洗浄または交換することで本カラムの汚染を予防(低減)することが可能です。一方、ガードフィルターは試料中の不溶性の夾雑物に対して有効です。ガードフィルターもガードカラム同様、本カラムの上流に接続することで試料中の不溶成分をガードフィルターでトラップさせ、本カラムへの導入を抑えることが可能です。
ガードカラムやガードフィルターの価格は一般的に本カラムよりも安価に設定されていますので、これらを上手に使用すれば本カラムの寿命を延ばすことができ経済的なメリットも生じます。